石巻線 女川駅再訪 その1 ― 2015/05/31 22:07
31日は、3月30日に浦宿-女川間の運転を再開した石巻線に乗車し、女川駅に向かいました。
以前石巻線を利用したのは約3年前。
その頃は、まだ運転再開区間が渡波駅までで(2012年3月17日再開)、ここから代行バスで女川駅に向かいました。
(代行バスは女川駅前ではなく、女川町仮役場近くの運動公園に発着。)
当時訪れた状況は、一部の建物を除き瓦礫・建物は撤去されてほぼ更地の状態でした。
震災前の駅周辺の面影は全くありませんでした。
また、当時は時の嵩上げ工事が開始される準備が行われておりました。
2013年3月16日渡波-浦宿間・そして、2014年3月30日に浦宿-女川間が再開し、約4年ぶりに全線での運転が再開されました。
復旧に際し、周辺の土地は嵩上げされ、駅は約200m内陸部に移設となりました。
新・女川駅舎。
職員配置(時間限定)・券売機が設置されております。
1階が駅、2階が町営の温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」、3階は展望フロアです。
1階が駅、2階が町営の温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」、3階は展望フロアです。
ホーム。
1線ホームで、4両分の長さとなっております。
ホームから、石巻方を。
ホームから、石巻方を。
ホームには、再開を祝う幕が。
停車中のキハ110系。
なお、石巻線・気仙沼線は、30日より全てキハ110系で運転されております。
3階の展望フロアからの眺めです。
3階の展望フロアからの眺めです。
ホーム側。
右奥に見える墓地まで、停車中の気動車が津波で流されました。
木に隠れておりますが、画像上部の建物が避難拠点の一つでした、女川小学校。
右奥に見える墓地まで、停車中の気動車が津波で流されました。
木に隠れておりますが、画像上部の建物が避難拠点の一つでした、女川小学校。
仮町役場もこの近くにあり、復興公営住宅もこの近くに建設されました。
駅前広場から元駅舎側・港側を。
駅前広場から元駅舎側・港側を。
旧駅舎側から新駅舎画を。
まだ更地です。
現在、地域交流センター・商業施設等を建設する工事が進められております。
現在、地域交流センター・商業施設等を建設する工事が進められております。
町が再建するまでもう少しかかりそうですが、着実に進んでいるように思えました。
嵩上げされた土地。
嵩上げされた土地。
画像では解りづらいと思いますが、約10m嵩上げされております。
整備された、女川漁港。
整備された、女川漁港。
地盤沈下さていた土地は嵩上げされて整地されておりました。
まだ事務所はプレハブの仮設ですが、金華山への観光船も運航されております。
まだ事務所はプレハブの仮設ですが、金華山への観光船も運航されております。
港の後方にある、女川町地域医療センタ-。
かなりの高台にあるのですが、津波はこの高さを超えました。
そして、施設の1階まで浸水しました。
医療センター駐車場からの画像です。
元駅・元役所周辺。
そして、施設の1階まで浸水しました。
医療センター駐車場からの画像です。
元駅・元役所周辺。
画像奥には、新駅があります。
漁港側。
漁港側。
黄金町・寿・鷲神地区。
そして、敷地内にあるモニュメント。
後世に伝えるメッセージが刻まれております。
医療センター建物内の一部で、津波被害時・復興時等の写真を展示するコーナーがあります。
その場所以外の立入は禁止されておりますのでご注意願います。
なお、駐車場・屋外施設は日中のみ一般に開放されております。
※駐車場はセンター利用者最優先です。十分に考慮願います。
※続き(その2)は、10日頃掲載予定です。
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